小太刀賢のアーティチョーク茹でました

役者・小太刀賢が、日記のような週記のような、日々のよしなしごとをそこはかとなく書きつくるブログです

かたかたぬいぬい

みなさん、こんばんわ。

 

最近、バイトの短期的なイベントでミシンを使っている。ミシンを使うのなんて小学校の家庭科以来だけれど、今使っているミシンがコンピュータ制御のものなので、初心者のような僕でもどうにかこうにか使えてしまう。

 

久しぶりの裁縫は面白い。かたかたと布を縫い合わせる作業は無心になれていい。それに、着々と出来上がっていく様が目に見えるので楽しい。針と糸なんてボタン付けくらいでしか使わないのに、ミシンがあったら便利かも、ミシン欲しい、なんて考えてしまう笑 まるで、星の勉強をちょっとしただけで望遠鏡が欲しくなってしまう子供のような感じだ。

 

ここ数日使っているだけだから、ミシンの扱いがそれほど上達しているわけではないけれど、なんとなくの個人的解釈のコツを掴んできた気はする。技、と呼べるほどのものではなく感覚の部分、理想とする部分へのアプローチの仕方がなんとなくわかってきた感じ。ここをこうするにはって部分の対処の方法が見えてきたと言ったらいいか。

 

物事って、この自分なりのコツが見えてきたところからが面白いですよね。コツって、物事の本質が垣間見えたから見えてきたわけで、つまりは本質に近づけているってことだと思う。しかもその本質までたどり着く道筋は、周りからの助けはあれどそれでも、自らがあれこれと悩み間違え選び抜いた道筋なのだ。まるで宝探しのように。

 

まぁただ、今は楽しく裁縫しているけれど、これからもずっとやっていきたいかって言えばそうじゃないんだよなぁ。衣装を作るのに便利だとは思うけどね、細かくて繊細で、丁寧さを求められる作業は向いてないんだよね…笑 今はバイトだから頑張れてるわけで…笑

 

それでも、ミシンを使うなんて滅多にない機会だからね。こういう機会があるのはありがたい事だ。普段興味を持ってないものは、こちらから積極的に関わろうとは中々思えないから、今回みたいな図らずもな機会ってのはかなりラッキーなことだと思うのだ。

 

裁縫に関しては気持ち前のめりとはならなかったけれど、いつの日か思いがけないきっかけで、一生を捧げてしまうような何かに出会うかもしれない。

はてさて、これからの人生はどんな風になるのでしょ。