小太刀賢のアーティチョーク茹でました

役者・小太刀賢が、日記のような週記のような、日々のよしなしごとをそこはかとなく書きつくるブログです

見方

みなさん、こんばんわ。

 

これまでNHK大河ドラマをリアルタイムでしっかり見た事がなくて、ビデオ借りて全部見たのも「新選組!」しかないのだけど、今年の「青天を衝け」は今のところ、少し遅れながらも、追っかけていけている。幕末が好きなのでその時代を扱っているだけで楽しいし、時代の表舞台とは少し離れた、武士だけど武士ではない戦い方をした渋沢栄一の活躍によって幕末の新たな一面を知れて、その点でも大変面白い。

 

歴史物を見ていると、この作品では良く描かれているのに違う作品では悪役として描かれているということがままあるように思う。

「青天を衝け」は渋沢栄一を主役として描かれているが、その上司ともいえる徳川慶喜もある意味主役的ポジションで描かれている。徳川慶喜といえば江戸幕府15代将軍であり、大政奉還をした最後の将軍。頭はだいぶ切れるけれどだからか、周りには理解されない、むしろ何を考えているかわからない人物。そう、何を考えているかわからない。学生の歴史で幕末を勉強した時、なぜ彼が大政奉還をしたのか全然わからなかった。あの時に幕府としてはそれしか方法がなかったとは思うのだけれど、にしてもあっさりやり過ぎじゃないか、と勉強をした時には思えた。歴史の教科書にはそこに至るまでの彼の思考は書かれてないので、どうにも謎の人物に映ってしまう。

それが「青天を衝け」を見ることで、あぁなるほどこういう思いがあって、こういう流れがあってこの選択に至ったのねという、徳川慶喜の背景がこれまでよりよくわかった。それによって彼への好感度も上がっていった。

 

ただ、NHK大河ドラマはノンフィクションではないので、そこに描かれていることが全部正しいわけじゃない。「青天を衝け」では徳川慶喜をポジティブに描いているがそれが彼の実態ではないだろうし、ネガティブな要素の方が本来に近いことだってあるかもしれない。また、見る人によっては、良い人にも悪い人にもなり得て、それが歴史は勝者が作るということなのだなと思うわけで。何が言いたいかといえば、物事は一概には言えない、単純に割り切れるもんじゃないよねってことで、逆に言えばスパッと割り切れてしまうものっていうのは、どこか怪しい誰かの思惑が絡んでいるんじゃないのと、そう思うってことなのでした。立場や見る角度や方向によって映る景色は変わってくる。それを「青天を衝け」を見ていてふと感じたのでした。